『パッパパラダイス』のTVバージョン90秒でいちばんインパクトが強いのは
『ここはいつまでも晴れの予報』
の一節になるだろうか。母娘のカットの強さも相まって、今の所この歌の看板はここになるかな。
本日、米津玄師との『JANE DOE』がオリコンのストリーミング集計で累積2億回再生を突破したとのニュースがあった。相変わらず凄い曲だね。
今思い返しても、やはり『JANE DOE』の大きな功績のひとつに「宇多田ヒカルがワルツを歌った」というのがあったと思う。『誓い』&『Don’t Think Twice』でも6/8拍子を用いていたけれど、『JANE DOE』はもっとダイレクトに3拍子だった。
『パッパパラダイス』のこの『ここはいつまでも晴れの予報』のパートもまた、3拍子の系譜に連なるリズムで構成されている。楽譜では3連符になってる気がするけど細かい話は置いといて、いよいよ宇多田ヒカルも3拍子に抵抗がなくなってきたのかなと。
でそのリズムに乗せて歌われるこの歌詞ですよ。デビュー曲からして『雨だって雲の上へ飛び出せばAlways Blue Sky』で、復帰第一弾が『降り止まぬ真夏の通り雨』と、節々で「お天気」を歌詞に盛り込んできた宇多田ヒカルが今回は『Prisoner Of Love』や『大空で抱きしめて』に引き続き『晴れ』を歌詞の中に盛り込んできた訳だが、やはり最もエポックメイキングなのは『予報』の方なのだわ。
母娘の絵面も相俟ってここで連想されるのは、世間の荒波に揉まれてびしょびしょになって戻ってきても、母は子をいつも暖かく迎えてくれる、というイメージだろう。「晴れ」とは明るく暖かく迎え入れてくれる、子にとっての母親はそうなのだ。
しかし、ただの「晴れ」ではなく、『晴れの予報』なのが、一味違う。大事なのは、子どもが「親は自分を明るく暖かく迎え入れてくれる」だろうと予め確信できるその事自体なのだ。実際に太陽のように迎えてくれるかどうかは一旦さておき、「晴れ」である事への信頼それ自体に価値がある、そうこの歌詞は言ってるように思うのだ。
現実には、親と折り合いがよくなかったり、既に遠く離れていたり喪われてたりして、なかなかそううまくはいかないものなのだけどね。
うん、母親だって人間だもの、毎時毎日機嫌が良いとは限らないし、休養や急用で家を空けてる時だってある。常に子どもを迎え入れられる訳じゃない。でも現実はそうだとしても、子どもがそんなふうに信頼してくれているという関係性が構築されてる事自体が尊いのである。
こんな風に歌詞を読み解くと、チャーリー・プースが”Home”で
「この家を“帰る場所”にしてくれるのは君なんだってこと」
「だから君が行ってしまうと魂が抜けたみたいにとても冷たく感じる」
と歌ったのを思い出してしまう(Apple Musicでも無事訳詞が添えられるようになりました)。在不在が暖かさと冷たさの差異を生んでるのも含めて、どうしたって連想がはたらくわよね。ヒカルさん、この短期間でリリースされるこの楽曲たちを、どういうタイミングとどういう順序で作ってきたんだろうね? この2曲に相通じるテーマに想いを馳せながら、曲がフル公開になったらヒカルさんがそこら辺を解説してくれたりインタビューを受けてくれたりするのを、楽しみに待ってておきますわね。