『光』の特殊性、なかでも日本語へのこだわりの由来はシンプルで、この時ヒカルが
「(ほぼ)同じ曲で日本語歌詞のトラックと英語歌詞のトラックを用意した」
からだ。『光』と『Simple And Clean』だね。のちのちの話は別として、取り敢えずこの時は「日本語圏向けトラックは日本語歌詞のみで、英語圏向けトラックは英語歌詞のみで」作詞をした。つまり、日本語曲に英語歌詞を混ぜると中途半端になると判断したのだろうね。
ところが、幾つかの理由の組み合わせでこの事実がまともにリスナーとファンに伝わらなかった。
まず第一に、ヒカル側の認識としては、同じ曲で日本語詞トラックと英語詞トラックの両方を書いたのはこれが初めてではなかったという点。そもそも、デビュー曲の『time will tell』からして日本語詞トラックと英語詞トラック(『time will tell (DUB MIX)』)が存在するのだが、これが認識として全然広まっていなかった。送り出す側は初めての試みとは余り思っていない一方、受け手側はそんなケース自体想定外だった為、「宇多田ヒカルが日本語のタイトルと歌詞の歌を歌った」という事実のみが独り歩きをした。
次に、『Simple And Clean』のリリースがずれ込んだこと。シングル盤『光』のリリースは2002年3月20日だったがこのときのカップリング曲は『光』のリミックスで、『Simple And Clean』が収録されたのは翌2003年1月29日リリースのシングル盤『COLORS』だったのだ。『光』がリリースされたタイミングで英語版との聴き比べは出来なかったのよね。
更に、当時のファンとリスナー層の体質が現在と全く異なる点も付言する必要があるか。『光』と『Simple And Clean』のタイアップ先はスクエアエニックスとディズニーによるPCゲーム「キングダムハーツ」だったが、当時のJ-popリスナーとゲーマーの層はあまり重なっていなかった。その上、インターネットは普及していたとはいえまだまだ海外の情報は入ってきづらく(機械翻訳なんてなかったですぞ)、英語圏でもポップスのリスナーとゲーマーの層はあまり重なってなかったようで、“Kingdom Hearts”というgameにHikaru Utadaという歌手が英語曲を提供しているぞ、なんてニュースが日本のJ-Popリスナーに届くなんてことはまずなかったのだ。宇多田共和国やNew Hikki’s Worldに入り浸ってた人種を除いて、だけどなっ。
以上などの事から、リスナーは「日本語版と英語版を対比する」という発想を持たなかった。持てなかった、かな? もしそうなっていたら『光』の日本語偏重はかなり印象が変わっていたはずだ、とは思うわね。まぁこのゴタゴタ感は次作「キングダムハーツ2」の『Passion』&『Sanctuary 』に引き継がれるのだけどその話はまたいずれ(もう何度もしてるけど)。
こんな感じで…いやこれ、まだ続き書くかもしれんな?
「(ほぼ)同じ曲で日本語歌詞のトラックと英語歌詞のトラックを用意した」
からだ。『光』と『Simple And Clean』だね。のちのちの話は別として、取り敢えずこの時は「日本語圏向けトラックは日本語歌詞のみで、英語圏向けトラックは英語歌詞のみで」作詞をした。つまり、日本語曲に英語歌詞を混ぜると中途半端になると判断したのだろうね。
ところが、幾つかの理由の組み合わせでこの事実がまともにリスナーとファンに伝わらなかった。
まず第一に、ヒカル側の認識としては、同じ曲で日本語詞トラックと英語詞トラックの両方を書いたのはこれが初めてではなかったという点。そもそも、デビュー曲の『time will tell』からして日本語詞トラックと英語詞トラック(『time will tell (DUB MIX)』)が存在するのだが、これが認識として全然広まっていなかった。送り出す側は初めての試みとは余り思っていない一方、受け手側はそんなケース自体想定外だった為、「宇多田ヒカルが日本語のタイトルと歌詞の歌を歌った」という事実のみが独り歩きをした。
次に、『Simple And Clean』のリリースがずれ込んだこと。シングル盤『光』のリリースは2002年3月20日だったがこのときのカップリング曲は『光』のリミックスで、『Simple And Clean』が収録されたのは翌2003年1月29日リリースのシングル盤『COLORS』だったのだ。『光』がリリースされたタイミングで英語版との聴き比べは出来なかったのよね。
更に、当時のファンとリスナー層の体質が現在と全く異なる点も付言する必要があるか。『光』と『Simple And Clean』のタイアップ先はスクエアエニックスとディズニーによるPCゲーム「キングダムハーツ」だったが、当時のJ-popリスナーとゲーマーの層はあまり重なっていなかった。その上、インターネットは普及していたとはいえまだまだ海外の情報は入ってきづらく(機械翻訳なんてなかったですぞ)、英語圏でもポップスのリスナーとゲーマーの層はあまり重なってなかったようで、“Kingdom Hearts”というgameにHikaru Utadaという歌手が英語曲を提供しているぞ、なんてニュースが日本のJ-Popリスナーに届くなんてことはまずなかったのだ。宇多田共和国やNew Hikki’s Worldに入り浸ってた人種を除いて、だけどなっ。
以上などの事から、リスナーは「日本語版と英語版を対比する」という発想を持たなかった。持てなかった、かな? もしそうなっていたら『光』の日本語偏重はかなり印象が変わっていたはずだ、とは思うわね。まぁこのゴタゴタ感は次作「キングダムハーツ2」の『Passion』&『Sanctuary 』に引き継がれるのだけどその話はまたいずれ(もう何度もしてるけど)。
こんな感じで…いやこれ、まだ続き書くかもしれんな?